与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
ゆふぐれを籠へ鳥よぶいもうとの爪先つまさきぬらす海棠の雨 
 
ゆく春をえらびよしある絹袷衣きぬあはせねびのよそめを一人ひとりに問ひぬ 
 
 
 
 
 
 
 
 
Aの字の歌 
   (少年雑誌のために) 
 
 
 
Ai《アイ》 (あい)の頭字かしらじ、片仮名と 
アルハベツトの書きはじめ、 
わたしの好きなA《エエ》の字を 
いろいろに見て歌ひましよ。 
 
飾りの無いA《エエ》の字は 
掘立ほつたて小屋のはひくち、 
奥に見えるは板敷いたじきか、 
茣蓙ござか、囲炉裏いろりか、飯台はんだいか。 
 
さくて繊弱きやしやなA《エエ》の字は 
遠い岬に灯台を 
ほつそりとして一つ立て、 
それをめぐるは白いなみ。 
 
いつも優しいA《エエ》の字は 
象牙ざうげ琴柱ことぢ、そのそばに 
目には見えぬが、ふしを 
まぼろしの手が弾いてゐる。 
 
いつも明るいA《エエ》の字は 
白水晶しろずゐしやう三稜鏡プリズムに 
ななつのはねうつくしい 
光の鳥をじつと抱く。 
 
元気に満ちたA《エエ》の字は 
広い沙漠さばくの砂を踏み 
さつく、さつくと大足おほあしに、 
あちらを向いて急ぐ人。 
 
つんとすましたA《エエ》の字は 
オリンプざんいただきに 
やりに代へたる銀白ぎんはくの 
ペンのさきを立ててゐる。 
 
時にさびしいA《エエ》の字は 
半身はんしんだけを窓に出し、 
ひぢをば突いて空を見る 
三角頭巾づきんの尼すがた。 
 
しかものあるA《エエ》の字は 
埃及エヂプトの野の朝ゆふに 
雲のあひだの日を浴びて 
はるかに光る金字塔ピラミツド。 
 
そして折折をりをりA《エエ》の字は 
道化役者のピエロオの 
赤いとがつた帽となり、 
わたしの前に踊り出す。