与謝野晶子詩歌集

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  コスモス 
 
一本のコスモスが笑つてゐる。 
その上に、どつしりと 
太陽が腰を掛けてゐる。 
そして、きやしやなコスモスの花が 
なぜか、少しもたわまない、 
その太陽の重味に。 
 
 
 
 
 
 
 
  手 
 
百姓のぢいさんの、よごれた、 
硬い、ふしくれだつた手、 
ちよいと見ると、褐色かつしよくの、 
朝鮮人蔘にんじん燻製くんせいのやうな手、 
おお、これがほんたうの労働の手、 
これがほんたうの祈祷きたうの手。 
 
 
 
 
 
 
 
  著物 
 
二枚ある著物きものなら 
一枚脱ぐのはやすい。 
知れきつた道理を言はないで下さい。 
今ここに有るのは一枚も一枚、 
十人じふにん人数にんずに対して一枚、 
結局、どうしたらいのでせう。 
 
 
 
 
 
 
 
  朱 
 
小さなすゞりしゆる時、 
ふと、巴里パリイの霧の中の 
珊瑚紅さんごこうの日が一点 
わたしの書斎のとばりうかび、 
それがまた、梅蘭芳メイランフワンの 
楊貴妃やうきひつた目附めつきに変つてく。