与謝野晶子詩歌集

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  独語どくご 
 
思はぬで無し、 
知らぬで無し、 
はぬでも無し、 
れの仲間にらぬのは、 
余りに事の手荒てあらなれば、 
歌ふ心に遠ければ。 
 
 
 
 
 
 
   飛蝗ばつた 
 
 
わたしは小さな飛蝗ばつたを 
幾つも幾つもおさへることが好きですわ。 
わたしの手のなかで、 
なんとふ、いきいきした 
この虫達の反抗力でせう。 
まるで BASTILLE《バスチユ》 の破獄らうやぶりですわ。 
 
 
 
 
 
 
 
  蚊 
 
蚊よ、そなたの前で、 
人間の臆病心おくびやうしんは 
拡大鏡となり、 
また拡声器ともなる。 
吸血鬼の幻影、 
鬼女きぢよ歎声たんせい。 
 
 
 
 
 
 
 
  蛾 
 
火に来ては死に、 
火に来ては死ぬ。 
愚鈍ぐどんな虫の本能よ。 
同じ火刑くわけいの試練を 
幾万年くり返すつもりか。 
と、さうして人間の女。 
 
 
 
 
 
 
 
  朝顔 
 
水浅葱みづあさぎの朝顔の花、 
それを見る刹那せつなに、 
うつくしい地中海が目に見えて、 
わたしは平野丸ひらのまるに乗つてゐる。 
それから、ボチセリイの 
派手なヴイナスの誕生が前に現れる。 
 
 
 
 
 
 
 
  蝦蟇がま 
 
まかり出ましたは、夏のの 
虫の一座のて者で御座る。 
歌ふことは致しませねど、 
態度を御覧下されえ。 
人間の学者批評家にも 
わたしのやうな諸君がゐらせられる。 
 
 
 
 
 
 
 
  蟷螂かまきり 
 
男性の専制以上に 
残忍を極める女性の専制。 
蟷螂かまきりめすは 
そのをすを食べてしまふ。 
しゆやすほかに 
恋愛を知らない蟷螂かまきり。 
 
 
 
 
 
 
 
  玉虫 
 
もう、玉虫の一対つがひを 
綺麗きれいな手箱に飼ふ娘もありません。 
青磁色せいじいろの流行が 
すたれたよりもさびしい事ですね。 
今の娘に感激の無いのは、 
玉虫に毒があるよりも 
いたましい事ですね。