与謝野晶子詩歌集

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ぬしいはずとれなの筆の水の夕そよ墨足らぬ撫子なでしこがさね 
 
母よびてあかつき問ひし君といはれそむくる片頬柳にふれぬ 
 
 
 
 
 
 
 
  寂寥せきれう 
 
やうやくにれ今はさびし、 
独り在るはさびし、 
薔薇ばらげどもさびし、 
君と語れどもさびし、 
りて書けどもさびし、 
高く歌へば更にさびし。 
 
 
 
 
 
 
 
  小鳥の巣 
 
落葉おちばして人目にきぬ、 
わが庭の高き木末こずゑに 
小鳥の巣一つ懸かれり。 
飛び去りて鳥の影無し、 
小鳥の巣、霜の置くのみ、 
小鳥の巣、日のてらすのみ。 
 
 
 
 
 
 
 
  末女すゑむすめ 
 
我が藤子ふぢこここのつながら、 
小学の級長ながら、 
夜更よふけては独り目覚めざめて 
寝台ねだいより親を呼ぶなり。 
「お蒲団ふとんがまた落ちました。」 
我が藤子ふぢこ風引くなかれ。