与謝野晶子詩歌集

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  屋根裏の男 
 
暗い梯子はしごのぼるとき 
女のあしふるへてた。 
四角な卓に椅子いす一つ、 
そばの小さな書棚しよたなには 
手ずれた赤い布表紙 
金字きんじの本が光つてた。 
こんな屋根裏に室借まがりする 
男ごころのおもしろさ。 
女を椅子いすに掛けさせて、 
「驚いたでせう」と言ひながら、 
男は葉巻に火をけた。 
 
 
 
 
 
 
 
  或女あるをんな 
 
舞うて疲れた女なら、 
男の肩に手を掛けて、 
汗と香油かうゆほてを 
男の胸にけよもの。 
男のいだペパミント 
男の手から飲まうもの。 
わたしは舞も知りません。 
わたしは男も知りません。 
ひとりぼつちで片隅に。—— 
いえ、いえ、あなたも知りません。