与謝野晶子詩歌集

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  自覚 
 
「わたしは死ぬ気」とつい言つて、 
その驚いた、青ざめた、 
ふるへた男を見た日から、 
わたしは死ぬ気が無くなつた。 
まことをへばその日から 
わたしの世界を知りました。 
 
 
 
 
 
 
 
  約束 
 
いつも男はおどおどと 
わたしの言葉に答へかね、 
いつも男はつたふり。 
あの見えいたつたふり。 
「あなた、初めの約束の 
塔から手を取つて跳びませう。」 
 
 
 
 
 
 
 
  涼夜りやうや 
 
場末ばずゑ寄席よせのさびしさは 
夏のながら秋げしき。 
枯れたよもぎ細茎ほそぐきを 
風の吹くよな三味線しやみせんに 
曲弾きよくびきのはらはらと 
螽斯ばつたの雨が降りかかる。 
寄席よせの手前の枳殻垣きこくがき、 
わたしは一人ひとりの暗い、 
狭い湯殿で湯をつかひ、 
髪を洗へばが更ける。