与謝野晶子詩歌集

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  男 
 
男こそ慰めはあれ、 
おほぎみのそばにも在りぬ、 
みいくさにでてもきぬ、 
さかほがひ、夜通よどほし遊び、 
ちてのゝしりかはす。 
男こそ慰めはあれ、 
少女をとめらにおのが名をり、 
きぬればててをしまず。 
 
 
 
 
 
 
 
  夢 
 
わが見るは人の身なれば、 
死の夢を、沙漠さばくのなかの 
青ざめし月のごとくに。 
また見るは、女にしあれば 
消しがたき世のなかの夢。 
 
 
 
 
 
 
 
  男の胸 
 
名工めいこうのきたへし刀 
一尺に満たぬ短き、 
するどさを我は思ひぬ。 
あるときは異国人とつくにびとの 
三角のさきあるメスを 
われまくせちに願ひぬ。 
いと憎き男の胸に 
白刄しらはあてなん刹那せつな、 
たらたらと我袖わがそでにさへ 
指にさへ散るべき、あかき 
血を思ひ、れほくそみ、 
こころよく身さへふるふよ。 
その時か、にくき男の 
ひがたき心ゆるさめ。 
しかはへ、突かんとすなる 
その胸に、よるとしなれば、 
ぬかよせて、いとうらやすの 
夢にる人も我なり。 
男はた、いとしとばかり 
その胸にれかきいだき、 
眠ることいまだ忘れず。 
その胸を今日けふさずと 
たはぶれにふことあらば、 
如何いかわびしからまし。