与謝野晶子詩歌集

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笛の音に法華経うつす手をとどめひそめし眉よまだうらわかき 
 
白檀びやくだんのけむりこなたへ絶えずあふるにくき扇をうばひぬるかな 
 
 
 
 
 
 
 
  鴨頭草つきくさ 
 
鴨頭草つきくさのあはれにかなしきかな、 
わがそでのごとくれがちに、 
濃き空色の上目うはめしぬ、 
文月ふづきの朝ののもとの 
板井のほとり。 
 
 
 
 
 
 
 
  月見草 
 
はかなかる花にはあれど、 
月見草つきみさう、 
ふるさとの野を思ひで、 
わが母のこと思ひで、 
初恋の日を思ひで、 
指にはさみぬ、月見草つきみさう。 
 
 
 
 
 
 
 
  伴奏 
 
われはをみな、 
それゆゑに 
ものを思ふ。 
 
にしき、こがね、 
女御にようごきさき、 
すべてばや。 
 
ひとり眠る 
わびしさは 
をとこ知らじ。 
 
黒きひとみ、 
ながき髪、 
しじにれぬ。 
 
恋し、恋し、 
はらだたし、 
ねたし、悲し。