与謝野晶子詩歌集

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母なるが枕経まくらぎやうよむかたはらのちひさき足をうつくしと見き 
 
わが歌にひとみのいろをうるませしその君去りて十日たちにけり 
 
 
 
 
 
 
 
  子守 
 
みなしごの十二じふにのをとめ、 
きのふより我家わがいへに来て、 
つになる子のもりをしぬ。 
筆と紙、子守は持ちて、 
すぢを引き、くわんをゑがきて、 
箪笥たんすてふ物を教へぬ。 
我子わがこらは箪笥たんすを知らず、 
不思議なる絵ぞと思へる。 
 
 
 
 
 
 
 
  寂しき日 
 
あこがれまし、 
いざなはれまし、 
あはれ、さびしき、さびしきこの日を。 
だまされまし、すかされまし、 
よしや、よしや、 
見殺みごろしに人のするとも。 
 
 
 
 
 
 
 
  煙草 
 
わかき男は来るたびに 
よき金口きんくち煙草たばこのむ。 
そのよき香り、新しき 
うれへのごとくやはらかに、 
けぶりと共にただよひぬ。 
わかき男は知らざらん、 
君が来るたび、人知れず、 
我がおそるるも、喜ぶも、 
だその手なる煙草たばこのみ。