与謝野晶子詩歌集

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かたみぞと風なつかしむ小扇のかなめあやふくなりにけるかな 
 
春の川のりあひ舟のわかき子が昨夜よべとまりうたねたましき 
 
 
 
 
 
 
 
 
  百合の花 
 
素焼のつぼにらちもなく 
投げては挿せど、百合ゆりの花、 
ひとりひいでて、清らかな 
雪のひかりと白さとを 
あて金紗きんしやにほはしい 
ヴェエルに隠すおもざしは、 
二十歳はたちばかりのつつましい 
そして気高けだかい、やさがたの 
侯爵夫人マルキイズにもたとへよう。 
とり合せたる金蓮花きんれんくわ、 
麝香じやかうなでしこ、鈴蘭すゞらんは 
そぞろがはしく手を伸べて、 
宝玉函はうぎよくいれふたをあけ、 
黄金きん腕環うでわや紫の 
斑入ふいりたまの耳かざり、 
真珠の頸環くびわ、どの花も 
あつい吐息を投げながら、 
華奢くわしやにほひをきそひげに、 
まばゆいばかり差出せど 
あはれ、其等それら楽欲げうよくと、 
世の常の美をかろく見て、 
わが侯爵夫人マルキイズ、なにごとを 
いと深げにも、静かにも 
思ひつづけて微笑ほゝゑむか。 
花の秘密は知りがたい、 
けれど、百合ゆりをば見てゐると、 
わたしの心ははてもなく 
拡がつてく、伸びてく。 
れと我身わがみを抱くやうに 
世界の人をひしと抱き、 
ねつと、涙と、まごころの 
中に一所いつしよけ合つて 
生きたいやうな、清らかな 
愛の心になつてく。