与謝野晶子詩歌集

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泣かで急げやは手にはばき解くえにしえにし持つ子の夕を待たむ 
 
燕なく朝をはばきのひもぞゆるき柳かすむやそののめぐり 
 
 
 
 
 
 
 
 
  釣 
 
人は暑い昼に釣る、 
わたしは涼しいよるに釣る。 
流れさうで流れぬ糸が面白い、 
水だけが流れる。 
わたしの釣鈎つりばりゑさらない、 
わたしはだ月を釣る。 
 
 
 
 
 
 
 
  人中 
 
一人ひとりある日よりも、 
大勢とゐる席で、 
わが姿、しよんぼりとほそりやつるる。 
平生へいぜいは湯のやうにく涙も 
かうふ日には凍るやらん。 
立枠たてわく模様の水浅葱みづあさぎ、はでな単衣ひとへたれども、 
わが姿、人にまじればうらさびしや。 
 
 
 
 
 
 
 
  炎日 
 
わがいへの八月の日の午後、 
庭のたらひに子供らの飼ふ緋目高ひめだかは 
生湯なまゆの水に浮き上がり、 
琺瑯色はふらういろの日光に 
焼釘やけくぎあたまを並べて呼吸いきをする。 
その上にモザイクがたの影をおとす 
静かに大きな金網。 
の葉は皆あぶら汗に光り、 
隣の肥えた白い猫は 
木の根に眠つたまま死ぬやらん。 
わがする幅広はゞびろの帯こそ大蛇だいじやなれ、 
じりじりと、じりじりと巻きしむる。