与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  月見草 
 
夜あけがたに降つた夕立が 
庭に流した白い砂、 
こなひだ見て来た岩代いはしろの 
摺上川すりがみがはおもはれる。 
砂にうもれて顔を出す 
れた黄いろの月見草つきみさう、 
あれ、あの花が憎いほど 
わたしの心をさしのぞき、 
思ひなしかは知らねども、 
やつれた私を引き立たす。 
 
 
 
 
 
 
 
  明日 
 
過ぎこしかたを思へば 
空わたる月のごとく、 
流るる星のごとくなりき。 
行方ゆくへ知らぬ身をば歎かじ、 
わが道は明日あすゑがかん、 
踊りつつかん、 
くひかり、水色の長きごとくならん。 
 
 
 
 
 
 
 
  芸術 
 
芸術はわれを此処ここにまで導きぬ、 
こんこそはめ、 
われ、芸術を彼処かしこに伴ひかん、 
より真実に、より光あるところへと。 
 
 
 
 
 
 
 
  力 
 
われはくびきとなりてかれ、 
駿足しゆんそくの馬となりてき、 
車となりてわれを運ぶ。 
わが名は「真実」なれども 
「力」と呼ぶこそすべてなれ。 
 
 
 
 
 
 
 
  走馬灯 
 
まはれ、まはれ、走馬灯そうまとう。 
走馬灯そうまとうは幾たびまはればとて、 
曲もなき同じふやけし馬の絵なれど、 
なほまはれ、まはれ、 
まはらぬはさびしきを。 
 
桂氏かつらしの馬は西園寺氏さいをんじしの馬に 
今こそまはりゆくなれ、まはれ、まはれ。