与謝野晶子詩歌集

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あるときはねたしと見たる友の髪に香の煙のはひかかるかな 
 
わが春の二十姿はたちすがたと打ぞ見ぬ底くれなゐのうす色牡丹 
 
 
 
 
 
  春の夜 
 
二夜ふたよ三夜みよこそ円寝まろねもよろし。 
君なきねやろとせず、 
椅子いすある居間の月あかり、 
黄ざくら色のきぬて、 
つつましやかなうたたし。 
まだ見る夢はありながら、 
うらなくくる春のみじか。 
 
 
 
 
 
 
 
  牡丹 
 
散りがたの赤むらさきの牡丹ぼたんの花、 
青磁の大鉢おほばちのなかにかすかにそよぐ。 
きやんなるむだづかひの終りに 
早くも迫る苦しき日のおそれを 
回避する心もち…… 
ええ、よし、それもよし。 
 
 
 
 
 
  女 
 
女、女、 
女は王よりもよろづ贅沢ぜいたくに、 
世界の香料と、貴金属と、宝石と、 
花と、絹布けんぷとは女こそ使用つかふなれ。 
女の心臓のかよわなる血の花弁はなびら旋律ふしまはしは 
ベエトオフエンの音楽のどの傑作にもまさり、 
湯殿にこもりて素肌のまま足のつめ切る時すら、 
女の誇りに印度いんどの仏も知らぬほくそゑみあり。 
言ひ寄る男をつれなく過ぐす自由も 
女に許されたる楽しき特権にして、 
相手の男の相場に負けて破産する日も、 
女はなほ恋の小唄こうた口吟くちずさみて男ごころをやはらぐ。 
たとへ放火ひつけ殺人ひとごろし大罪だいざいにて監獄にるとも、 
男のごと二分刈にぶがりとならず、黒髪は墓のあなたまでなみ打ちぬ。 
婦人運動を排する諸声もろごゑ如何いかに高ければとて、 
女は何時いつまでも新しきゲエテ、カント、ニウトンを生み、 
人間は永久とこしへうらわかき母の慈愛に育ちゆく。 
女、女、日本の女よ、 
いざ諸共もろともみづからを知らん。 
 
 
 
 
 
 
 
  鬱金香 
 
黄と、べにと、みどり、 
なまな色どり…… 
しんこ細工ざいくのやうなチユウリツプの花よ、葉よ。 
それをける白い磁の鉢、 
きやしやな女の手、 
た、た、た、た、とす水のおと。 
ああ、なんと生生いきいきした昼であろ。 
しんこ細工ざいくのやうなチユウリツプの花よ、葉よ。