与謝野晶子詩歌集

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  第一の陣痛 
 
わたしは今日けふ病んでゐる、 
生理的に病んでゐる。 
わたしは黙つて目をいて 
産前さんぜんとこに横になつてゐる。 
 
なぜだらう、わたしは 
度度たびたび死ぬ目に遭つてゐながら、 
痛みと、血と、叫びに慣れて居ながら、 
制しきれない不安と恐怖とにふるへてゐる。 
 
若いお医者がわたしを慰めて、 
生むことの幸福しあはせを述べて下された。 
そんな事ならわたしの方が余計に知つてゐる。 
それが今なんの役に立たう。 
 
知識も現実で無い、 
経験も過去のものである。 
みんな黙つて居て下さい、 
みんな傍観者の位置を越えずに居て下さい。 
 
わたしは一人ひとり、 
天にも地にも一人ひとり、 
じつと唇をみしめて 
わたし自身の不可抗力を待ちませう。 
 
生むことは、現に 
わたしの内からぜる 
だ一つの真実創造、 
もう是非のすきも無い。 
 
今、第一の陣痛…… 
太陽はにはかに青白くなり、 
世界はひややかにしづまる。 
さうして、わたしは一人ひとり………