与謝野晶子詩歌集

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山ごもりかくてあれなのみをしへよべにつくるころ桃の花さかむ 
 
とき髪にむろむつまじの百合のかをり消えをあやぶむ淡紅色ときいろよ 
 
雲ぞ青き来し夏姫なつひめが朝の髪うつくしいかな水に流るる 
 
夜の神の朝のり帰る羊とらへちさき枕のしたにかくさむ 
 
 
 
 
 
 
 
  秋思 
 
わが思ひ、この朝ぞ 
秋に澄み、一つに集まる。 
愛と、死と、芸術と、 
玲瓏れいろうとして涼し。 
目を上げて見れば 
かの青空あをそられなり、 
その木立こだちれなり、 
前なる狗子草ゑのころぐさも 
涙しとどにめて 
やがて泣けるれなり。 
 
 
 
 
 
 
 
  園中 
 
たで枯れて茎なほあかし、 
竹さへも秋に黄ばみぬ。 
そのみち草に隠れて、 
草の露昼も乾かず。 
咲き残るダリアの花の 
泣くごとく花粉をこぼす。 
童部わらはべよ、追ふことなかれ、 
向日葵ひまはりの実をむ小鳥。 
 
 
 
 
 
 
  人知らず 
 
つばさ無き身の悲しきかな、 
常にありぬ、なほありぬ、 
大空高く飛ぶ心。 
れは痩馬やせうま黙黙もくもくと 
重き荷を負ふ。人知らず、 
人知らず、人知らず。 
 
 
 
 
 
 
 
  飛行船 
 
よその国より胆太きもぶとに 
そつと降りたる飛行船、 
に去れば跡も無し。 
我はおろかな飛行船、 
君が心をのぞくとて、 
見あらはされた飛行船。