与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  我歌 
 
わが歌の短ければ、 
言葉を省くと人思へり。 
わが歌に省くべきもの無し、 
またなにけ足さん。 
わが心はうをならねばえらを持たず、 
だ一息にこそ歌ふなれ。 
 
 
 
 
 
 
 
  すいつちよ 
 
すいつちよよ、すいつちよよ、 
初秋はつあきさき篳篥ひちりきを吹くすいつちよよ、 
その声に青き蚊帳かやは更に青し。 
すいつちよよ、なぜに声をば途切らすぞ、 
初秋はつあき蚊帳かや錫箔すゞはくごとく冷たきを…… 
すいつちよよ、すいつちよよ。 
 
 
 
 
 
 
 
  油蝉 
 
あぶらぜみの、じじ、じじとくは 
アルボオス石鹸しやぼんの泡なり、 
慳貪けんどんなる商人あきびと方形はうけいひら大口おほぐちなり、 
手掴てづかみの二銭銅貨なり、 
いつの世もざらにある芸術の批評なり。 
 
 
 
 
 
 
 
  雨の夜 
 
夏ののどしやぶりの雨…… 
わがいへ泥田どろたの底となるらん。 
柱みな草のごとくにたわみ、 
それを伝ふ雨漏りの水は蛇のごとし。 
寝汗の……哀れなる弱き子の歯ぎしり…… 
青き蚊帳かやかへるのどごとくにふくれ、 
肩なる髪は眼子菜ひるむしろのやうにそよぐ。 
このなかに青白き我顔わがかほこそ 
あくたに流れて寄れる月見草つきみさうしべなれ。