与謝野晶子詩歌集

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  歯車 
 
かの歯車は断間たえまなく動けり、 
静かなるまでいとせはしく動けり、 
れにむなしき言葉無し、 
れのなかに一切を刻むやらん。 
 
 
 
 
 
 
 
  異性 
 
すべて異性の手より受取るは、 
温かく、やさしく、にほはしく、派手に、 
胸の血のあやしくもときめくよ。 
女のみありて、 
女の手より女の手へ渡る物のうらさびしく、 
冷たく、力なく、 
かの茶人ちやじんあひだに受渡す言葉のごとく 
寒くいぢけて、質素ぢみなるかな。 
このゆゑに我は女の味方ならず、 
このゆゑに我は裏切らぬ男を嫌ふ。 
かのはかまのみけばけばしくて 
さびしげなる女のむれよ、 
かの傷もたぬ紳士よ。 
 
 
 
 
 
 
 
  わが心 
 
わが心は油よ、 
より多く火をば好めど、 
水にき流るるも是非なや。 
 
 
 
 
 
 
 
  儀表ぎへう 
 
なめさざる象皮ざうひごとく、 
受精せざるたまごごとく、 
たいでて早くもいし顔する駱駝らくだの子のごとく、 
目を過ぐるもの、およそこの三種みくさでず。 
彼等はこの国の一流の人人ひとびとなり。 
 
 
 
 
 
 
 
  白蟻 
 
白蟻しろあり仔虫しちうこそいたましけれ、 
職虫しよくちうの勝手なる刺激にり、 
兵虫へいちうとも、生殖虫とも、職虫しよくちうとも、 
すなはち変へらるるなり。 
職虫しよくちうの勝手なる、無残なる刺激は 
陋劣ろうれつにも食物しよくもつをもてす。 
さてまた、其等それら各種の虫の多きに過ぐれば 
職虫しよくちうはやがて刺し殺して食らふとよ。