与謝野晶子詩歌集

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人の歌をくちずさみつつ夕よる柱つめたき秋の雨かな 
 
小百合さく小草がなかに君まてば野末にほひて虹あらはれぬ 
 
 
 
 
 
 
 
  五月礼讃らいさん 
 
五月ごぐわつい月、花の月、 
芽の月、の月、いろの月、 
ポプラ、マロニエ、プラタアヌ、 
つつじ、芍薬しやくやくふぢ蘇枋すはう、 
リラ、チユウリツプ、罌粟けしの月、 
女の服のかろがろと 
薄くなる月、恋の月、 
巻冠まきかんむりに矢を背負ひ、 
あふひをかざす京人きやうびとが 
馬競うまくらべする祭月まつりづき、 
巴里パリイの街の少女等をとめらが 
花の祭にうつくしい 
あて女王ぢよわうを選ぶ月、 
わたしのことをふならば 
シベリアをき、独逸ドイツき、 
君を慕うてはるばると 
その巴里パリイまでいた月、 
菖蒲あやめ太刀たちのぼりとで 
去年うまれた四男よなん目の 
アウギユストをば祝ふ月、 
狭い書斎の窓ごしに 
明るい空と棕櫚しゆろの木が 
馬来マレエの島をおもはせる 
微風そよかぜの月、青い月、 
プラチナいろの雲の月、 
蜜蜂みつばちの月、てふの月、 
ありとなり、金糸雀かなりやも 
卵をいだうみの月、 
なにやら物にそゝられる 
官能の月、肉の月、 
ヴウヴレエ酒の、香料の、 
をどりの、がくの、歌の月、 
わたしを中に万物ばんぶつが 
堅く抱きしめ、もつれ合ひ、 
うめき、くちづけ、汗をかく 
太陽の月、青海あをうみの、 
森の、公園パルクの、噴水の、 
庭の、屋前テラスの、離亭ちんの月、 
やれ来た、五月ごぐわつ麦藁むぎわらで 
細い薄手うすで硝杯こつぷから 
レモンすゐをば吸ふやうな 
あまい眩暈めまひを投げに来た。