与謝野晶子詩歌集

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御親まつる墓のしら梅なかに白く熊笹くまざさ小笹をざさたそがれそめぬ 
 
をとこきよし載するに僧のうらわかき月にくらしのはす花船はなぶね 
 
 
 
 
 
 
 
  屋根の草 
 
ひとむら立てる屋根の草、 
んの草とも知らざりき。 
梅雨つゆ晴間はれまに見上ぐれば、 
綿よりもろく、白髪しらがより 
細く、はかなく、折折をりをりに 
たんぽぽの穂がふわと散る。 
 
 
 
 
 
 
 
  五月雨と私 
 
ああ、さみだれよ、昨日きのふまで、 
そなたを憎いと思つてた。 
魔障ましやうの雲がはびこつて 
地をほろぼそと降るやうに。 
 
もし、さみだれが世に絶えて 
だ乾く日のつづきなば、 
都も、山も、花園も、 
サハラのすなとなるであろ。 
 
恋を命とする身には 
涙の添ひてうらがなし。 
空を恋路にたとへなば、 
そのさみだれはため涙。 
 
降れ、しとしとと、しとしとと、 
赤をまじへた、温かい 
黒の中から、さみだれよ、 
網形あみがたに引け、銀の糸。 
 
ああ、さみだれよ、そなたのみ、 
わが名も骨も朽ちる日に、 
うもれた墓を洗ひ出し、 
涙の手もてぬぐふのは。