与謝野晶子詩歌集

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  隅田川 
 
隅田川、 
隅田川、 
いつ見ても 
土の色して 
かき濁り、 
もくしてながる。 
 
今は我身わがみに 
引きくらべ、 
土より出たる 
隅田川、 
隅田川、 
ひとしく悲し。 
 
く人は 
悪を離れず、 
く水は 
土を離れず。 
隅田川、 
隅田川。 
 
 
 
 
 
 
 
  朝日の前 
 
あはれ、日の出、 
山山やまやまへるごとく、 
みな喜びに身をゆすりて、 
黄金きんしゆまひをかはし、 
海とふ海は皆、 
にじよりもまばゆき 
黄金きんと五彩の橋をうかべて、 
「日よ、づ 
此処ここより過ぎたまへ」とさし招き、 
さて、日のあしに口づけんとす。 
 
あはれ、日の出、 
万象ばんしやうは 
一瞬にして、奇蹟のごとく 
すべて変れり。 
大寺おほてらの屋根に 
はとのむれは羽羽はばたき、 
裏街に眠りし 
運河のどすぐろき水にも 
銀と珊瑚さんごのゆるき波を揚げて、 
早くも動く船あり。 
人、いづこにか 
静かに怠りて在りべき。 
あはれ、日の出、 
神神かうがうしき日の出、 
われもまた 
かの喬木けうぼくごとく、 
光明くわうみやう赫灼かくしやくのなかに、 
高く二つの手をひらきて、 
新しき日をいだかまし。