与謝野晶子詩歌集

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  我前に梅の花 
 
わが前に梅の花、 
うすき緑をしたる白、 
ルイ十四世じふしせの白、 
上には瑠璃るり色の 
支那絹しなぎぬの空、 
目もはるに。 
 
わが前に梅の花、 
心は今、 
白金はくきんの巣に 
ふ小鳥、 
ほれぼれと、一節ひとふし、 
高音たかねに歌はまほし。 
 
わが前に梅の花、 
心は更に、 
空想の中なる、 
羅馬ロオマ見下みおろす丘の上の、 
大理石の柱廊ちゆうらうに 
片手を掛けたり。 
 
 
 
 
 
 
 
  紅梅 
 
おお、ひと枝の 
花屋の荷のうへの 
紅梅の花、 
薄暗うすくらい長屋の隅で 
ポウブルな母と娘が 
つぎりした障子の中の 
冬のあかりに、 
うつむいて言葉すくなく、 
わづかな帛片きれと 
のりと、はさみと、木の枝と、 
青ざめた指とを用ひて、 
手細工てざいくに造つた花とはうか。 
いぢらしい花よ、 
涙と人工との 
羽二重の赤玉あかだまつゞつた花よ、 
わたしは悲しい程そなたを好く。 
なぜとふなら、 
そなたの中に私がある、 
私の中にそなたがある。 
そなたと私とは 
厳寒げんかん北風きたかぜとにさらされて、 
あの三月さんぐわつに先だち、 
おそおそる笑つてゐる。