与謝野晶子詩歌集

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藻の花のしろきを摘むと山みづに文がらぢぬうすものの袖 
 
牛の子を木かげに立たせ絵にうつす君がゆかたに柿の花ちる 
 
 
 
 
 
 
 
  草の葉 
 
草の上に 
更に高く、 
ひともと、 
二尺ばかり伸びて出た草。 
 
かよわい、薄い、 
細長い四五へんの葉が 
朝涼あさすゞの中に垂れてゑがく 
女らしい曲線。 
 
優しい草よ、 
はかなげな草よ、 
全身に 
青玉せいぎよくしつを持ちながら、 
七月の初めに 
もう秋を感じてゐる。 
 
青いほのかな悲哀、 
おお、草よ、 
これがそなたのすべてか。 
 
 
 
 
 
 
 
  蛇 
 
へびよ、そなたを見る時、 
わたしは二元論者になる。 
美と醜と 
二つの分裂が 
宇宙に並存へいぞんするのを見る。 
蛇よ、そなたを思ふ時、 
わたしの愛の一辺いつぺんわかる。 
わたしの愛はまだ絶対のもので無い。 
蛮人ばんじんと、偽善者と、 
盗賊と、奸商かんしやうと、 
平俗な詩人とをゆるすわたしも、 
蛇よ、そなたばかりは 
わたしの目のほかに置きたい。