与謝野晶子詩歌集

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  机にりて 
 
今夜、わたしの心に詩がある。 
やなの上でねる 
銀のうをのやうに。 
桃色の薄雲の中をはしる 
まんまるい月のやうに。 
風と露とにゆすれる 
細い緑の若竹わかたけのやうに。 
 
今夜、私の心に詩がある。 
私はじつとその詩をおさへる。 
さかなはいよいよねる。 
月はいよいよはしる。 
竹はいよいよゆすれる。 
苦しい此時このとき、 
楽しい此時このとき。 
 
 
 
 
 
 
 
  蜂 
 
夕立の風 
のきすだれを動かし、 
部屋のうち暗くなりて 
片時かたとき涼しければ、 
我は物を書きさし、 
空を見上げて、雨を聴きぬ。 
 
書きさせる紙の上に 
何時いつしかきたりしはち一つ。 
よき姿のはちよ、 
腰の細さ糸に似て、 
身に塗れるきんは 
なにの花粉よりか成れる。 
 
し、我が文字の上を 
はちふに任せん。 
わがにほひなき歌は 
素枯すがれし花に等し、 
せめて弥生やよひ名残なごりを求めて 
はちふに任せん。