与謝野晶子詩歌集

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  わが庭 
 
おお咲いた、ダリヤの花が咲いた、 
明るいしゆに、紫に、えた黄金きんに。 
破れた障子をすつかりおけ、 
思ひがけない幸福しあはせが来たやうに。 
 
黒ずんだ緑に、灰がかつた青、 
陰気な常盤木ときはぎばかりが立て込んで 
春とふ日を知らなんだ庭へ、 
永い冬から一足いつそく飛びに夏が来た。 
それも遅れて七月に。 
 
まあ、うれしい、 
ダリヤよ、 
わたしは思はず両手をおまへに差延べる。 
このひらいてとがつた白い指を 
なんと見る、ダリヤよ。 
 
しかし、もう、わたしの目には 
ダリヤもない、指もない、 
だ光と、ねつと、にほひと、楽欲げうよくとに 
眩暈めまひしてふるへた 
わたしの心の花のざうがあるばかり。 
 
 
 
 
 
 
 
  夏の朝 
 
どこかの屋根へ早くから 
群れてあつまり、かあ、かあと 
いたからすに目が覚めて、 
すかして見れば蚊帳かやごしに 
もう戸のそとしらんでる。 
 
細い雨戸をけたれば、 
れぼつたいやうな目遣めづかひの 
鴨頭草つきくさの花咲きみだれ、 
荒れた庭ともふばかり 
しつとり青い露がおく。 
 
日本の夏の朝らしい 
このひと時の涼しさは、 
人まで、身まで、骨までも 
水晶質となるやうに、 
しみじみ清くれとほる。 
 
くりやへ行つて水道の 
栓をねぢれば、たた、たたと 
思ひ余つた胸のよに、 
バケツへ落ちて盛り上がる 
こゝろ丈夫な水音も、 
 
わたしの立つた板敷へ 
裏口の戸のあひだから 
新聞くばりがばつさりと 
投げこんでく物音も、 
薄暗がりにここちよや。