与謝野晶子詩歌集

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春の日を恋に誰れ倚るしら壁ぞ憂きは旅の子藤たそがるる 
 
あぶらのあと島田のかたと今日けふ知りし壁にすもゝの花ちりかかる 
 
 
 
 
 
 
 
  新柳 
 
空は瑠璃るりいろ、雨のあと、 
並木の柳、まんまろく 
なびく新芽の浅みどり。 
 
すこし離れて見るときは、 
散歩のみち少女をとめらが 
深深ふかぶかとさす日傘パラソルか。 
 
かげに立寄り見る時は、 
絵のなかに舞ふ鳳凰ほうわうの 
雲より垂れた錦尾にしきをか。 
 
空は瑠璃るりいろ、雨のあと、 
並木の柳、その枝を 
引けば翡翠ひすゐの露が散る。 
 
 
 
 
 
 
 
  牛込見附外 
 
牛込見附うしごめみつけの青い色、 
わけて柳のさばきがみ、 
それが映つたほりの水。 
 
柳のかげのしつとりと 
黒くれたる朝じめり。 
垂れた柳とすれすれに 
白い護謨輪ごむわせ去れば、 
あとに我児わがこの靴のおと。 
 
黄いろな電車をりすごし、 
見上げた高い神楽坂かぐらざか、 
なにやらかろく、人ごみに 
気おくれのする快さ。 
 
我児わがこの手からすと離れ、 
風船だまが飛んでゆく、 
のきからのきあがりゆく。