与謝野晶子詩歌集

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  郊外 
 
けたたましく 
私をんだ百舌もず何処どこか。 
私は筆をいてもんを出た。 
思はず五六ちやうを歩いて、 
今丘の上に来た。 
 
見渡す野のはてに 
青く晴れた山、 
日を薄桃色うすもゝいろに受けた山、 
白い雲から抜け出して 
更に天を望む山。 
 
今朝けさの空はコバルトに 
少し白を交ぜてれ、 
その下の稲田いなだは 
黄金きんふさうづまり、 
何処どこにも広がる太陽の笑顔。 
 
そよ風もよろこびをこらへかね、 
その静かな足取あしどりを 
急に踊りのふりに換へて、 
またしてもまろく大きく 
すゝきの原をべる。 
 
縦横たてよこみちは 
幾すぢの銀を野に引き、 
あるものは森の彼方かなたに隠れ、 
あるものは近き村の口から 
荷馬車と共に出て来る。 
 
ああ野は秋の最中もなか、 
いつぱいに空気を吸へば、 
人を清くすこやかにする 
黒土くろつち、草の、 
穀物の、水の。 
 
私はじつと 
其等それらの中にひたる。 
またやがてひたるとはう、 
さはやかに美しい大自然の 
悠久いうきうの中に。 
 
さい私の感激を 
人の言葉に代へてふ者は、 
私のそばに立つて 
あかい涙をけたやうな 
ひとむらの犬蓼いぬたでの花。 
 
 
 
 
 
 
 
  海峡の朝 
 
十一月の海の上を通る 
快い朝方あさがたの風がある。 
それに乗つて海峡を越える 
無数の桃色の帆、金色こんじきの帆、 
皆、朝日をいつぱいに受けてゐる。 
 
わたしはたつた一人ひとり 
浜の草原くさはら蹲踞しやがんで、 
翡翠色ひすゐいろの海峡に 
あとから、あとからとうき出して来る 
船の帆の花片はなびらに眺める。 
 
わたしの周囲には、 
草が狐色きつねいろ毛氈まうせんを拡げ、 
中には、灌木かんぼくの 
銀の綿帽子をけたこずゑや 
牡丹色ぼたんいろの茎が光る。 
 
後ろの方では、 
何処どこの街の工場こうばか、 
遠い所でひとしきり、 
甘えるやうな汽笛のおとが 
長い金属の線を空に引く。 
 
 
 
 
 
 
 
  秋の盛り 
 
秋の盛りのうつくしや、 
はこべの葉さへ小さなる 
黄金こがねいんをあまたび、 
野葡萄のぶだうさへも瑠璃るりを掛く。 
 
百舌もずひはも肥えまさり、 
里のすゞめも鳥らしく 
晴れたる空に群れて飛び、 
はち巣毎すごとに子の歌ふ。 
 
小豆色あづきいろする房垂れて 
鶏頭けいとう高く咲く庭に、 
ひとしきりす日の入りも 
涙ぐむまで身にみぬ。