与謝野晶子詩歌集

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  腐りゆく匂ひ 
 
つぼには、しぼみゆくままに、 
取換とりかへない白茶色しらちやいろ薔薇ばらの花。 
その横の廉物やすもの仏蘭西皿フランスざらに 
腐りゆく林檎りんご華櫚くわりん。 
其等それらの花と果実このみから 
ほのかに、ほのかに立ち昇る 
にほひの音楽、 
わたしはれを聴くことが好きだ。 
盛りの花のみをでた 
青春の日と事変ことかはり、 
わたしは今、 
命の秋の 
身も世もあらぬさびしさに、 
深刻の愛と 
頽唐たいたうの美と 
其等それらに半死の心臓をあたためながら、 
常に真珠の涙を待つてゐる。