与謝野晶子詩歌集

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  十一月 
 
昨日きのふ今日けふも曇つてゐる 
銀灰色ぎんくわいしよくの空、冷たい空、 
雲の彼方かなたでは 
もうあられの用意が出来て居よう。 
どの木も涙つぽく、 
たより無げに、 
黄なる葉をまばらにあまして、 
小心せうしんに静まりかへつてゐる。 
みんな敗残の人のやうだ。 
小鳥までが臆病おくびやうに、 
過敏になつて、 
ちよいとしたふうにも、あたふたと、 
うられた茂みへもぐり込む。 
ああ十一月、 
季節のだ、 
冬の墓地の白い門が目にうかぶ。 
公園の噴水よ、 
せめてお前でも歌へばいいのに、 
狐色きつねいろ落葉おちばの沈んだ池へ 
さかさまに大理石の身を投げて、 
お前が第一に感激を無くしてゐる。 
 
 
 
 
 
 
 
  冬の木 
 
十一月の灰色の 
くもり玻璃がらすの空のもと、 
うなりを立てて、あららかに、 
ばさり、ばさりとむちを振る 
あはれ木枯こがらしがままに、 
 
緑青ろくしやうてふあかはね、 
琥珀こはくと銀の貝のから、 
黄なる文反古ふみほごびしくし、 
とばかり見えて、はらはらと 
の葉はもろく飛びかひぬ。 
 
あはれ、今はた、には 
四月五月の花も無し、 
若き緑の枝も無し、 
も夢も無し、微風そよかぜの 
さゝやくあまき声も無し。 
 
かの楽しげに歌ひつる 
小鳥のむれは何処いづこぞや。 
鳥はけども、刺すごとき 
百舌もず鵯鳥ひよどり、しからずば 
枝を踏み折る山鴉やまがらす。 
 
諸木もろきなにを思へるや、 
銀杏いてふ木蓮もくれんほゝかへで、 
かの男木おとこぎも、その女木めぎも 
せて骨だつ全身を 
冬にさらしてをののきぬ。 
 
やがて小暗をぐらよるん、 
しぐるる雲はここ過ぎて 
白き涙を落すべし、 
月はさびしく青ざめて 
森の廃墟はいきよてらさまし。 
 
されど諸木もろきは死なじかし。 
また若返る春のため 
新しき芽とつぼみとを 
老いざる枝に秘めながら、 
されど諸木もろきは死なじかし。 
 
 
 
 
 
 
 
  落葉 
 
ほろほろと……また、かさこそと…… 
おち……おち……もすがら…… 
ひさしをすべり……戸にすがり…… 
土にくづるるおと聞けば…… 
もろき廃物……薄きかす…… 
びし鍋銭なべせん……焼けし金箔はく…… 
渋色しぶいろ反古ほご……だんの灰…… 
さては女のさだ過ぎて 
歎く雑歌ざふか断章フラグマン…… 
うらがなしくも行毎ぎやうごとに 
「死」の韻を押す断章フラグマン…… 
 
 
 
 
 
 
 
  冬の朝 
 
空は紫 
そのもと真黒まくろなる 
一列の冬の並木…… 
かなたには青物のはた海のごとく、 
午前の日、霜に光れり。 
われらが前を過ぎ去りし 
農夫とその荷車とは 
畑中はたなかみちはてに 
今、脂色やにいろの点となりぬ。 
物をなひそ、君よ、 
あぢはひたまへ、この刹那せつな、 
二人ふたりひたす神妙の 
もくおもむき……