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腐果
白がちのコバルトの
うす寒き師走の夜、
書斎の隅なる
セエヴルの鉢より
幾つかのくわりんの果は身動げり。
あはれ百合よりも甘し、
鈴蘭よりも清し、
あはれ白き羽二重の如く軽し、
黄金の針の如く痛し、
熟したるくわりんの果のかをり。
くわりんの果に迫るは
つれなき風、からき夜寒、
あざ笑ふ電灯のひかり、
いづこぞや、かの四月の太陽は、
かの七月の露は。
されど、今、くわりんの果には
苦痛と自負と入りまじり、
空しく腐らじとする
その心の堪へ力は
黄なる蛋白石の肌を汗ばませぬ。
ああ、くわりんの果は
冬と風とにも亡されず、
心と、肉と、晶液と、
内なる尊き物皆を香として
永劫の間にたなびき行く。
冬の一日
雪が止んだ、
太陽が笑顔を見せる。
庭に積つた雪は
硝子越しに
ほんのりと薔薇色をして、
綿のやうに温かい。
小作りな女の、
年よりは若く見える、
髷を小さく結つた、
品の好いお祖母さんは、
古風な糸車の前で
黙つて紡いでゐる。
太陽が部屋へ入つて、
お祖母さんの左の手に
そつと唇を触れる。
お祖母さんは何時の間にか
美くしい薔薇色の雪を
黙つて紡いでゐる。
冬を憎む歌
ああ憎き冬よ、
わが家のために、冬は
恐怖なり、咀ひなり、
闖入者なり、
虐殺なり、喪なり。
街街の柳の葉を揺り落して、
錆びたる銅線の如く枝のみを慄はしめ、
園の菊を枝炭の如く灰白ませ、
家畜の蹄を霜の上にのめらしめて、
ああ猶飽くことを知らざるや、冬よ。
冬は更に人間を襲ひて、
先づわが家に来りぬ。
冬は風となりて戸を穿ち、
縁よりせり出し、
霜となりて畳に潜めり。
冬はインフルエンザとなり、
喘息となり、
気管支炎となり、
肺炎となりて、
親と子と八人を責め苛む。
わが家は飢ゑと死に隣し、
寒さと、熱と、咳と、
熱の香と、汗と、吸入の蒸気と、
呻吟と、叫びと、悶絶と、
啖と、薬と、涙とに満てり。
かくて十日……猶癒えず
ああ我心は狂はんとす、
短劔を執りて、
ただ一撃に刺さばや、
憎き、憎き冬よ、その背を。