与謝野晶子詩歌集

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  白樺 
 
冬枯ふゆがれ裾野すそのに 
ひともと 
しらかばの木は光る。 
その葉は落ちつくして、 
白き生身いきみを 
女性によしやうごとく 
師走しはすの風にさらし、 
なにを祈るや、独り 
双手もろでを空に張る。 
 
日は今、はるかに低き 
うす紫の 
遠山とほやまに沈み去り、 
その余光よくわうの中に、 
しらかばの木は 
悲しき殉教者の血を、 
その胸より、 
たらたらと 
落葉おちばの上に流す。 
 
 
 
 
 
 
 
  雪の朝 
 
が明けた。 
風も、大気も、 
鉛色なまりいろの空も、 
野も、水も 
みな気息いきを殺してゐる。 
 
だ見るのは 
地上一尺の大雪…… 
それが畝畝うね/\の直線を 
すつかり隠して、 
いろんな三角のかたちを 
大川おほかはに沿うた 
歪形いびつはたけに盛り上げ、 
光を受けた部分は 
板硝子いたがらすのやうに反射し、 
かげになつた所は 
粗悪な洋紙やうしきちらしたやうに 
にぶつやを消してゐる。 
 
そして所所ところどころに 
幾つかの 
不格好ぶかくかう胴像トルソが 
どれも痛痛いたいたしく 
手を失ひ、 
あしを断たれて、 
真白まつしろな胸に 
黒い血をにじませながら立つてゐる。 
 
それは枝を払はれたまま、 
じつと、いきんで、 
死なずに春を待つてゐる 
太いくぬぎの幹である。 
たとへば私達のやうな者である。 
 
 
 
 
 
 
 
  雪の上の鴉 
 
からすからす、 
雪の上のからす、 
近い処に一羽いちは、 
少し離れて十四五。 
 
からすからす、 
雪の上のからす、 
半紙の上に黒く 
大人おとなが書いた字のやうだ。 
 
からすからす、 
雪の上のからす、 
「かあ」と一羽いちはけば 
さびしく「かあ」と皆がく。 
 
からすからす、 
雪の上のからす、 
ゑさが無いのでじいつと 
動きもせねば飛びもせぬ。