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ひとり寝
良人の留守の一人寝に、
わたしは何を著て寝よう。
日本の女のすべて著る
じみな寝間著はみすぼらし、
非人の姿「死」の下絵、
わが子の前もけすさまじ。
わたしは矢張ちりめんの
夜明の色の茜染、
長襦袢をば選びましよ。
重い狭霧がしつとりと
花に降るよな肌ざはり、
女に生れたしあはせも
これを著るたび思はれる。
斜に裾曳く長襦袢、
つい解けかかる襟もとを
軽く合せるその時は、
何のあてなくあこがれて
若さに逸るたましひを
じつと抑へる心もち。
それに、わたしの好きなのは、
白蝋の灯にてらされた
夢見ごころの長襦袢、
この匂はしい明りゆゑ、
君なき閨もみじろげば
息づむまでに艶かし。
児等が寝すがた、今一度、
見まはしながら灯をば消し、
寒い二月の床のうへ、
こぼれる脛を裾に巻き、
つつましやかに足曲げて、
夜著を被けば、可笑しくも
君を見初めたその頃の
娘ごころに帰りゆく。
旅の良人も、今ごろは
巴里の宿のまどろみに、
極楽鳥の姿する
わたしを夢に見てゐるか。