与謝野晶子詩歌集

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  旅に立つ 
 
いざ、てんの日は我がために 
きんの車をきしらせよ。 
颶風あらしはねは東より 
いざ、こころよく我を追へ。 
 
黄泉よみの底まで、泣きながら、 
頼む男を尋ねたる 
その昔にもえや劣る。 
女の恋のせつなさよ。 
 
晶子や物に狂ふらん、 
燃ゆる我が火を抱きながら、 
あまがけりゆく、西へく、 
巴里パリイの君へひにく。 
  (一九一二年五月作) 
 
 
 
 
 
 
 
  子等に 
 
あはれならずや、そのひなを 
荒巌あらいはの上の巣にのこし、 
恋しき兄鷹せうを尋ねんと、 
颶風あらしの空にりながら、 
ひなにためらへる 
若き女鷹めだかしあらば。—— 
それはやつれて遠くく 
今日けふの門出の我が心。 
いとしきらよ、ゆるせかし、 
しばし待てかし、若き日を 
なほ夢を見るこの母は 
が父をこそ頼むなれ。 
 
 
 
 
 
 
 
  巴里より葉書の上に 
 
巴里パリイいた三日目に 
大きい真赤まつか芍薬しやくやくを 
帽の飾りにけました。 
こんな事して身のすゑが 
どうなるやらと言ひながら。