与謝野晶子詩歌集

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  巴里郊外 
 
たそがれのみち、 
森の中にひとすぢ、 
のろはれたみち薄白うすじろみち、 
もやの奥へ影となり遠ざかる、 
あはれ死にゆくみち。 
 
うち沈みて静かなみち。 
ひともとんの木であらう、 
その枯れた裸のかひなを挙げ、 
小暗をぐらきかなしみの中に、 
心疲れたみちを見送る。 
 
たそがれのみちの別れに、かばの木と 
はんの森は気がれたらし、 
あれ、谺響こだまが返すかすかな吐息…… 
かすかな冷たい、調子はづれの高笑ひ…… 
またかすかなすゝり泣き…… 
 
蛋白石色オパアルいろ珠数珠じゆずだまの実の 
頸飾くびかざりを草の上にとゞめ、 
薄墨色の音せぬ古池をめぐりて、 
もやの奥へ影となりて遠ざかる、 
あはれ、たそがれの森のみち…… 
  (一九一二年巴里にて) 
 
 
 
 
 
 
 
  ツウル市にて 
 
水にかつえた白緑はくろくの 
ひろい麦生むぎふを、すとはすに 
かけつばめのあわてもの、 
なに使つかひに急ぐのか、 
よろこびあまる身のこなし。 
 
続いて、さつと、またさつと、 
なまあたたかい南風みなみかぜ 
ロアルを越して吹くたびに、 
白楊はくやうがさわさわと 
待つてゐたよに身をゆする。 
 
河底かはぞこにゐた家鴨あひるらは 
岸へのぼつて、アカシヤの 
かげにがやがやきわめき、 
つばめは遠く去つたのか、 
もう麦畑むぎばたに影も無い。 
 
それは皆皆よい知らせ、 
しばらくのに風はみ、 
雨が降る、降る、ほそぼそと 
きんの糸やら絹の糸、 
真珠の糸の雨が降る。 
 
うれしや、これが仏蘭西フランスの 
雨にわたしのはじめ。 
軽い婦人服ロオブに、きやしやな靴、 
ツウルの野辺のべ雛罌粟コクリコの 
赤い小路こみちを君とき。 
 
れよとままよ、れたらば、 
わたしの帽のチウリツプ 
いつそ色をば増しませう、 
増さずば捨てて、代りには 
野にある花を摘んで挿そ。 
 
そして昔のカテドラル 
あの下蔭したかげで休みましよ。 
雨が降る、降る、ほそぼそと 
きんの糸やら、絹の糸、 
真珠の糸の雨が降る。 
   (ロアルは仏蘭西南部の河なり)