与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
五月雨に築土ついぢくづれし鳥羽殿とばどののいぬゐの池におもだかさきぬ 
 
つばくらのはねにしたたる春雨をうけてなでむかわが朝寝髪 
 
 
 
 
 
 
 
  飛行機 
 
空をかきはねの音…… 
今日けふも飛行機がいで来る。 
巴里パリイの上をひとすぢに、 
モンマルトルへいで来る。 
 
ちよいと望遠鏡をわたしにも…… 
一人ひとりは女です……笑つてる…… 
アカシアの枝が邪魔になる…… 
 
何処どこくのか知らねども、 
毎日飛べば大空の 
青い眺めもさびしかろ。 
 
かき消えてく飛行機の 
夏の日中ひなかはねの音…… 
 
 
 
 
 
 
  モンマルトルの宿にて 
 
あれ、あれ、通る、飛行機が、 
今日けふ巴里パリイをすぢかひに、 
風切る音をふるはせて、 
身軽なこなし、高高たかだかと 
はねをひろげたよいかたち。 
 
オペラ眼鏡グラスを目にあてて、 
空を踏まへた胆太きもぶとの 
若い乗手のりてを見上ぐれば、 
少しひねつた機体から 
きらと反射のきんが散る。 
 
若い乗手のりてのいさましさ、 
後ろを見捨て、死を忘れ。 
片時かたどきやまぬ新らしい 
力となつて飛んでく、 
前へ、未来へ、ましぐらに。