与謝野晶子詩歌集

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冷たい夕飯 
   (雑詩卅四章) 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  我手の花 
 
我手わがての花は人めず、 
みづからのと、おのが色。 
さはれ、盛りのみじかさよ、 
ゆふべを待たでしをれゆく。 
 
我手わがての花はれ知らん、 
入日いりひのちに見るごとき 
うすくれなゐをに残し、 
淡きをもて呼吸いきすれど。 
 
我手わがての花はしをれゆく…… 
いとささやかにつつましき 
わがたましひの花なれば 
しをれゆくまますべなきか。 
 
 
 
 
 
 
 
  一すぢ残る赤い路 
 
ふぢとつつじの咲きつづく 
四月五月に知りめて、 
わたしは絶えず此処ここへ来る。 
森の木蔭こかげこまやかに 
曲つて昇る赤いみち。 
 
わたしは此処ここで花のに 
恋の吐息のくを聞き、 
広い青葉のかへるのに 
若い男のさし伸べる 
優しい腕の線を見た。 
 
わたしは此処ここで鳥のが 
胸の拍子に合ふを知り、 
花のしづくを美しい 
てふ一所いつしよに浴びながら、 
甘いの実を口にした。 
 
今はあらはな冬である。 
霜と、落葉おちばと、木枯こがらしと、 
たゞれた傷を見るやうに 
ひとすぢ残る赤いみち…… 
わたしは此処ここへ泣きに来る。 
 
 
 
 
 
 
 
  砂の塔 
 
「砂をつかんで、日もすがら 
砂の塔をば建てる人 
惜しくはないか、其時そのときが、 
さては無益むやくその労が。 
 
しかも両手でつかめども、 
指のひまから砂がる、 
する、する、すると砂がる、 
かろく、悲しく、砂がる。 
 
寄せて、おさへて、積み上げて、 
かゝへた手をば放す時、 
砂から出来た砂の塔 
ぐに崩れて砂になる。」 
 
砂の塔をば建てる人 
これに答へてつぶやくは、 
「時が惜しくて砂を積む、 
命が惜しくて砂を積む。」 
 
 
 
 
 
 
 
  古巣より 
 
空のあらしよ、呼ぶなかれ、 
山を傾け、野を砕き、 
ところ定めずくことは 
地に住むわれにがたし。 
 
野の花のよ、呼ぶなかれ、 
し花のとなるならば 
われは刹那せつなを香らせて 
やがて跡なく消えはてん。 
 
の鳥よ、呼ぶなかれ、 
れはもとよりはねありて 
枝より枝に遊びつつ、 
花より花に歌ふなり。 
 
すべての物よ、呼ぶなかれ、 
われは変らぬさゝやきを 
乏しき声にくり返し 
初恋の巣にとどまりぬ。