与謝野晶子詩歌集

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しら菊を折りてゑまひし朝すがた垣間みしつと人の書きこし 
 
八つ口をむらさき緒もて我れとめじひかばあたへむ三尺の袖 
 
 
 
 
 
 
 
  人の言葉 
 
しや、しやを言ふ人の 
まれにあるこそうれしけれ、 
ものかずならで隅にある 
わが歌のため、れのため。 
 
いざ知りたまへ、わが歌は 
泣くに代へたるうす笑ひ、 
灰にせたる色硝子いろがらす、 
死に隣りたるをどりなり。 
 
また知りたまへ、このれは 
春と夏とにはで、 
秋の光を早く吸ひ、 
月のごとくに青ざめぬ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
闇に釣る船 
   (安成二郎氏の歌集「貧乏と恋と」の序詩) 
 
 
 
真黒まつくろよるの海で 
わたしは一人ひとり釣つてゐる。 
空にはあらしえ、 
四方しはうには渦が鳴る。 
 
細い竿さをの割に 
なり沢山たくさんに釣れた。 
小さな船のなか七分しちぶ通り 
光る、光る、銀白ぎんぱくさかなが。 
 
けれど、はりを離すと、ぐ、 
どのうをもみんなあがつてしまふ。 
わたしの釣らうとするのは 
こんなんぢやない、決して。 
 
わたしは知つてゐる、わたしの船が 
だんだんと沖へ流れてゆくことを、 
そして海がだんだんと 
深くけはしくなつてゆくことを。 
 
そして、わたしのしいと思ふ 
不思議な命のうをは 
どうやら、わたしの糸のとどかない 
底の底を泳いでゐる。 
 
わたしは夜明よあけまでに 
是非とも其魚そのうをが釣りたい。 
もう糸ではに合はぬ、 
わたしは身ををどらしてつかまう。 
 
あれ、見知らぬ船が通る…… 
わたしはおのゝく…… 
もしや、あの船がきに 
底の人魚を釣つたのぢやないか。