与謝野晶子詩歌集

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  灰色の一路 
 
ああ我等は貧し。 
貧しきは 
身にやまひある人のごとく、 
隠れし罪ある人のごとく、 
また遠く流浪るろうする人のごとく、 
常におびえ、 
常にやすからず、 
常に心寒こゝろさむし。 
 
また、貧しきは 
常に身をひくくし、 
常に力を売り、 
常に他人と物の 
駄獣だじうおよび器械となり、 
常にひがみ、 
常につぶやく。 
 
常にくるしみ、 
常に疲れ、 
常に死に隣りし、 
常にはぢと、恨みと、 
常に不眠とうゑと、 
常にさもしき欲と、 
常にはげしき労働と、 
常に涙とを繰返す。 
 
ああ我等、 
れを突破する日は何時いつぞ、 
恐らくはせいのあなた、 
死の時ならでは…… 
されど我等はく、 
この灰色の一路いちろを。 
 
 
 
 
 
 
 
  厭な日 
 
こんな日がある。いやな日だ。 
わたしはだ一つの物として 
地上に置かれてあるばかり、 
んの力もない、 
んの自由もない、 
んの思想もない。 
 
なんだかつてみたく、 
なんだか動いてみたいと感じながら、 
鳥の居ないかごのやうに 
わたしはまつた空虚からである。 
あの希望はどうした、 
あの思出おもひではどうした。 
 
手持不沙汰ぶさたでゐるわたしを 
人は呑気のんきらしくも見て取らう、 
またいやうに解釈して 
浮世ばなれがしたともふであろ、 
口のるい、うはさの好きな人達は 
衰へたとも伝へよう。 
 
んとでも言へ……とは思つてみるが、 
それではわたしの気が済まぬ。