小猫 小猫、小猫、かはいい小猫、 坐(すわ)れば小(ちさ)く、まんまろく、 歩けばほつそりと、 美(うつ)くしい、真(ま)つ白な小猫、 生れて二月(ふたつき)たたぬ間(ま)に 孤蝶(こてふ)様のお宅から わたしのうちへ来た小猫。 子供達が皆寝て、夜(よ)が更けた。 一人(ひとり)わたしが蚊に食はれ 書斎で黙つて物を書けば、 小猫よ、おまへは寂(さび)しいか、 わたしの後ろに身を擦り寄せて 小娘のやうな声で啼(な)く。 こんな時、 先(さき)の主人(あるじ)はお優しく そつとおまへを膝(ひざ)に載せ どんなにお撫(な)でになつたことであろ。 けれど、小猫よ、 わたしはおまへを抱く間(ま)がない、 わたしは今夜 もうあと十枚書かねばならんのよ。 夜(よ)がますます更けて、 午前二時の上野の鐘が幽(かす)かに鳴る。 そして、何(なに)にじやれるのか、 小猫の首の鈴が 次の間(ま)で鳴つてゐる。