与謝野晶子詩歌集

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  駄獣だじうむれ 
 
ああ、この国の 
おそるべくつ醜き 
議会の心理を知らずして 
衆議院の建物を見上ぐるなかれ。 
わざはひなるかな、 
此処ここはひる者はことごと変性へんせいす。 
たとへば悪貨の多き国にれば 
大英国の金貨も 
七日なぬかにてやすりに削り取られ 
その正しき目方を減ずるごとく、 
一たびこの門をまたげば 
良心と、徳と、 
理性との平衝を失はずして 
人は此処ここに在りがたし。 
見よ、此処ここは最も無智なる、 
最も敗徳はいとくなる、 
はた最も卑劣無作法なる 
野人やじん本位をもつて 
人の価値を 
最も粗悪に平均するところなり。 
此処ここに在る者は 
民衆を代表せずして 
私党をて、 
人類の愛を思はずして 
動物的利己を計り、 
公論の代りに 
私語と怒号と罵声ばせいとを交換す。 
此処ここにして彼等の勝つは 
もとより正義にも、聡明そうめいにも、 
大胆にも、雄弁にもあらず、 
だ彼等たがひに 
阿附あふし、模倣し、 
妥協し、屈従して、 
政権と黄金わうごんとをになふ 
多数の駄獣だじうと 
みづから変性へんせいするにあり。 
彼等を選挙したるはたれか、 
彼等を寛容しつつあるはたれか。 
この国の憲法は 
彼等をふ力無し、 
まして選挙権なき 
われわれ大多数の 
貧しき平民の力にては…… 
かくしつつ、年毎としごとに、 
われわれの正義と愛、 
われわれの血と汗、 
われわれの自由と幸福は 
最もくさく醜き 
彼等駄獣だじうむれに 
寝藁ねわらごとく踏みにじらる…… 
 
 
 
 
 
 
 
  或年の夏 
 
米のれいなくもあがりければ、 
わが貧しき十人じふにんの家族は麦を食らふ。 
わが子らは麦を嫌ひて 
「お米の御飯を」と叫べり。 
麦をあはに、また小豆あづきに改むれど、 
なほわが子らは「お米の御飯を」と叫べり。 
わが子らをなんしからん、 
わかき母も心には米を好めば。 
 
「部下の遺族をして 
窮する者無からしめたまはんことを。 
わが念頭に掛かるものれのみ」と、 
佐久間大尉の遺書を思ひて、 
今更にこころむせばるる。