与謝野晶子詩歌集

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  三等局集配人(押韻) 
 
わたしは貧しき生れ、 
小学を出て、今年十八。 
田舎の局に雇はれ、 
一日にそんを受持ち、 
集配をして身は疲れ、 
 
暮れて帰れば、母と子と 
さびしいぜんのさし向ひ、 
しゞみの汁で、そそくさと 
済ませば、なんの話も無い。 
たのしみは湯へくこと。 
 
湯で聞けば、百姓の兄さ、 
皆読んで来てくする、 
大衆文学のうはさ。 
わたしはだ知つてゐる、 
その円本ゑんほんを配る重さ。 
 
湯が両方の足にむ。 
あかと土とでにごされた 
底でしばらくれをむ。 
ああこの足が明日あすもまた 
桑のあひだみちを踏む。 
 
この月も二十日はつかになる。 
すこしのらくも無い、 
もう大きな雑誌が来る。 
やりきれない、やりきれない、 
休めば日給が引かれる。 
 
小説家がうらやましい、 
菊池くわんも人なれ、 
こんな稼業は知るまい。 
わたしは人の端くれ、 
一日八十銭の集配。