与謝野晶子詩歌集

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  夜の机 
 
西洋蝋燭らふそくの大理石よりも白きを硝子がらすの鉢にもやし、 
夜更よふくるまで黒檀こくたんの卓に物書けば幸福しあはせ多きかな。 
あはれこの梔花色くちなしいろの明りこそ 
咲く花のごとき命を包む想像の狭霧さぎりなれ。 
 
これを思へば昼は詩人のりやうならず、 
あまつ日は詩人の光ならず、 
けだ阿弗利加アフリカ沙漠さばくにしたるしきねつ気息いきのみ。 
 
うれしきは夢と幻惑と暗示とに富める白蝋はくらふの明り。 
この明りの中に五感と頭脳とを越え、 
全身をもてぎ、触れ、知る刹那せつな—— 
一切と個性とのいみじき調和、 
理想の実現せらるる刹那せつなきたり、 
ニイチエの「よるの歌」の中なる「すべての泉」のごとく、 
わが歌は盛高もりだかになみなみとほとばしる。 
 
 
 
 
 
 
 
  きちがひ茄子 
 
とん、とん、とんと足拍子、 
ほらを踏むよな足拍子、 
ついうれしさに、秋の日の 
長い廊下を走つたが、 
何処どこをどうき、どう探し、 
うしてつたか覚えねど、 
わたしのたもとはひつてた 
きちがひ茄子なすと笑ひたけ。 
わたしは夢を見てゐるか、 
もう気ちがひになつたのか、 
あれ、あれ、世界が火になつた。 
何処どこかで人の笑ふ声。