与謝野晶子詩歌集

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  花子の歌四章(童謡) 
 
 
 
 
 
 
  九官鳥 
九官鳥はいつのに 
だれが教へて覚えたか、 
わたしの名をばはつきりと 
優しい声で「花子さん。」 
 
なにか御用」と問うたれば、 
九官鳥の憎らしや、 
聞かぬふりして、を置いて、 
「ちりん、ちりん」と電鈴ベル真似まね。 
 
「もう知らない」ときかけて 
わたしがへば、後ろから、 
九官鳥のおどけ者、 
「困る、困る」と高い声。 
 
 
 
 
 
 
 
  薔薇と花子 
花子の庭の薔薇ばらの花、 
花子の植ゑた薔薇ばらなれば 
ほんによう似た花が咲く。 
色は花子のの色に、 
花は花子のくちびるに、 
ほんによう似た薔薇ばらの花。 
 
花子の庭の薔薇ばらの花、 
花が可愛かはいと、太陽も 
黄金きんの油を振撒ふりまけば、 
花が可愛かはいと、そよ風も 
人目に見えぬ波形なみがたの 
薄い透綾すきやせに来る。 
 
そばで花子の歌ふ日は 
薔薇ばらも香りの気息いきをして 
花子のやうな声を出し、 
そばで花子の踊る日は 
薔薇ばらもそよろと身をゆすり 
花子のやうなふりをする。 
 
そして花子の留守の日は 
涙をためた目を伏せて、 
じつとうつ向く薔薇ばらの花。 
花の心のしをらしや、 
それも花子に生き写し。 
花子の庭の薔薇ばらの花。