与謝野晶子詩歌集

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おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合 
 
いづれ君ふるさと遠き人の世ぞと御手はなちしは昨日きのふの夕 
 
 
 
 
 
 
 
  花子の熊 
雪がしとしと降つてきた。 
玩具おもちやくまを抱きながら、 
小さい花子は縁に出た。 
 
山に生れたくまの子は 
雪の降るのが好きであろ、 
雪を見せよと縁に出た。 
 
くまは冷たい雪よりも、 
抱いた花子の温かい 
優しい胸を喜んだ。 
 
そして、花子の手の中で、 
玩具おもちやくまはひと寝入り。 
雪はますます降りつもる。 
 
 
 
 
 
 
 
  蜻蛉とんぼの歌 
汗の流れる七月は 
蜻蛉とんぼも夏の休暇おやすみか。 
街の子供と同じよに 
避暑地の浜の砂に来て 
群れつつ薄いそでを振る。 
 
さい花子が昼顔の 
花を摘まうと手を出せば、 
これをも白い花と見て 
蜻蛉とんぼが一つ指先へ 
ついと気軽に降りて来た。 
 
思はぬ事のうれしさに 
花子の胸はとゞろいた。 
うつくしいはねのある 
さい天使がじつとして 
花子の指に止まつてる。