与謝野晶子詩歌集

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  手の上の花 
 
鴨頭草つきくさの花、手に載せて 
見れば涼しい空色の 
花のひとみがさしのぞく、 
わたしの胸のさびしさを。 
 
鴨頭草つきくさの花、空色の 
花のひとみのうるむのは、 
暗い心を見とほして、 
わたしのために歎くのか。 
 
鴨頭草つきくさの花、しばらくは 
手にした花を捨てかねる。 
土となるべき友ながら、 
我もをしめば花も惜し。 
 
鴨頭草つきくさの花、となれば、 
ほんにそなたは星の花、 
わたしの指を枝として 
しづかに銀の火をともす。 
 
 
 
 
 
 
 
  一隅いちぐうにて 
 
われは在り、片隅に。 
ある時は眠げにて、 
ある時は病めるごとく、 
ある時は苦笑を忍びながら、 
ある時は鉄のかせの 
わが足にあるごとく、 
ある時は飢ゑて 
みづからの指をめつつ、 
ある時は涙のつぼのぞき、 
ある時は青玉せいぎよくの 
古きけいを打ち、 
ある時は臨終の 
白鳥はくてうを見守り、 
ある時は指を挙げて 
空に歌を書きつつ……… 
さびし、いとさびし、 
われはあり、片隅に。