与謝野晶子詩歌集

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晶子詩篇全集拾遺より 
 
 
 
 
 
 
 
  春月 
 
別れてながき君とわれ 
今宵あひみし嬉しさを 
汲てもつきぬうま酒に 
薄くれなゐの染いでし 
君が片頬にびんの毛の 
春風ゆるくそよぐかな。」 
たのしからずやこの夕 
はるはゆふべの薄雲に 
二人のこひもさとる哉 
おぼろに匂ふ月のもと 
きみ心なきほゝゑみに 
わかき命やさゝぐべき。」 
 
 
 
 
 
 
 
  わがをひ 
 
やよをさなこよなれが目の 
  さやけき色をたとふれば 
夕のそらの明星か 
  たわゝに肥えし頬の色は 
濃染の梅に白ゆきの 
  かゝれる色か唇の 
深紅の色は汝をば 
  はてなくめづる此をばの 
ま心にしも似たるかな 
  かたことまじり姉様と 
我が名よばるゝそのたびに 
  あゝわがむねに浪ぞ立つ。 
あゝさるにても幼子よ 
  恋故くちし此をばが 
よきいましめぞ忘れても 
  枯野か原をひとりゆく 
かなしき恋をなすなかれ 
  千草八千草さきみてる 
そのはなぞのにぬる蝶の 
  たのしき夢は見るもよし 
あゝそれとてもつかのまよ 
  思へばはかなをさな子よ 
など人の世にうまれ来し 
  いつ迄くさのいつ迄も 
かくてぞあらんすべもがな 
  神のすがたをそのまゝに