与謝野晶子詩歌集

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星の子のあまりによわし袂あげて魔にも鬼にもたむと云へな 
 
百合の花わざと魔の手に折らせおきて拾ひてだかむ神のこころか 
 
 
 
 
 
 
 
  宿屋 
 
八番の客人まらうどに 
行き給へ、われに用なき 
君なりと、いとあらゝかに 
云ふめるは、この朝日屋の 
中二階赤ら顔なる 
宿ぬしの住ふ部屋より 
もるゝ声、腹立ちの声。 
 
小田原の小住こすみと云ひし 
宿の妻、夕方ときし 
洗ひ髪しづくのたるを 
いとへれば椽にたゝずみ 
大嶋の灯など見るらし。 
水いろの絽の染裕衣そめゆかた 
繻子しゆすの帯風に吹かるゝ。 
 
いまだなほにをらずやと 
蚊帳かやの人云ふのゝしれど、 
もの云はず蚊うつ団扇の 
はた/\と音するばかり。 
若いしゆの風呂仕まひする 
唄の声何を云ひしか 
この女闇にほゝ笑む。