与謝野晶子詩歌集

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しろ百合はそれその人の高きおもひおもわはにほ紅芙蓉べにふようとこそ 
 
さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花 
 
 
 
 
 
 
 
  産の床 
 
甘睡うまゐせる我が枕辺に 
音も無く物ぞ来れる。 
静かなる胸を叩きて 
傍らに寄り添ふけはひ。 
見開きて見る目に映る 
影ならず、黄色の衣 
まばゆくも匂へるを着て 
物は今足のまはりを 
往来ゆきゝしぬ。あさましき物 
見じとして心ふたげば 
物は消ゆ。嬉しと思ひ 
目ひらけば又この度は 
緋のころも袖うち振て 
魔ぞ立てる。黄色の物と 
緋の物とこもごも見えつ。 
且つ見れば彼方かなた向く時 
黄色にて、こなたの袖は 
赤なりき。物がうち振る 
袖のにしら鳥の雛 
その如き真白き影の 
ふと見えぬ。黄色の袖と 
緋の袖とやがて消し時 
残りしはしら鳥の雛。 
わが悩み早も残らず、 
子よ、なれを生みし夕の 
うら若き母のまぼろし。