与謝野晶子詩歌集

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  〔無題〕 
 
しろがねの噴上の水に 
仄かなる紫陽花あぢさゐ色の日影ちりぼふ。 
あはれまた目にこそ浮べ、 
若かりしわが盛り。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
君知るや、若き男よ、 
日は晴れて静かなる海のかなしさ。 
あはれまた君知るや、 
三十路みそぢを越えしをみなにも 
涙しづかに流るゝを。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
夏のゆふべのおもしろさ。 
夏のゆふべとなりぬれば 
をみなの身こそうれしけれ。 
湯槽ゆぶねを出でて端ぢかき 
鏡の前にうづくまり 
うすく我が刷く白粉おしろいの 
いとよきかをり身にむよ。 
帷子かたびらを着て団扇とり 
二階の屋根の物干に 
街の灯を見るおもしろさ。