与謝野晶子詩歌集

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  〔無題〕 
 
しちめんだうなしゆの宿を 
忘れて二人囃しごと、 
ひやろ、ひやろ、と囃しごと。 
お気に入らずはお主様 
お叱りなされと囃しごと。 
 
 
 
 
 
 
 
  ないしよごと 
 
わたしキュラソオの酒を飲んだ事があつてよ、 
四年ほど前の事なのよ。 
こんな事云ツたツて 
なんにも不思議では無いでせう。 
けれどね、 
今まで飲んだ事の無い様な顔をして居た事ね。 
 
紫苑の花がひよろひよろと咲いてゐてね。 
隣で蓄音器がしよつちゆう泣いてゐた 
あの松井さんの柏木のおうちね、 
あすこのお座敷の隅にあツた本棚、 
そら、扇のやうな形のね、 
あの下から三つ目に有ツたわ、 
キュラソオの罎が 
罌粟けしの花を生けた白い水注みづさしと並んでね。 
 
わたしはね、 
日本の女が飲むもんじや無いと思ツてたの、 
きつい、きついお酒だと思ツてね。 
或日わたしは又良人うちに叱られたの。 
それで悲しくツてね、 
ぶるぶると慄へながら行ツたの。あのおうちへね。 
すると、婆あやさんもゐました。 
わたしは婆あやさんに「又叱られてよ」と云ひました。 
 
松井さんがね、 
「奥さん、キュラソオでもお上んなさいツ」とおつしやるの。 
中が水色でね、 
外が牡丹色でね、 
金のふくりんのね、 
やツぱし日本の酒盃さかづきなのよ。 
 
たツた一つ丈わたしは飲みました。 
ちツとも辛く無いの。 
辛いとばかし思ツてたものがね、 
甘かツたから 
今日まで誰にも話が出来なかつたの。