与謝野晶子詩歌集

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秋を三人みたり椎の実なげし鯉やいづこ池の朝かぜ手と手つめたき 
 
かの空よ若狭は北よわれ載せて行く雲なきか西の京の山 
 
 
 
 
 
 
 
  お俊傳兵衞 
 
俊子としこツてえのはね、 
お嫁に来てからの名なの、 
真実ほんたうはおしゆんと云ふ名なの、 
いい名でせう。 
 
小説家が来てね、 
女主人公ひろいんの名をつけてくれつてね、 
私に云つたの。 
あの傑作の「煙」ですよ。 
 
その時私はね、 
唯かう云つたの、 
私の真実ほんたうの名はおしゆんです。 
いい名でせうツて。 
 
「煙」の女主人公ひろいんはね、 
用吉の相手はね、 
おしゆんぢやなかツた、 
ねえ、おしゆんぢやないのよ。 
 
だツていのよ、 
「煙」におしゆんが出ないからツて、 
用吉の相手にならないだツて、 
好いのですとも。 
 
鳥部山を知ツていらしツて。 
男肌には白無垢や、 
上に紫藤の紋ツてね。 
傳兵衞はいいわねえ、 
用吉はいけないわねえ。